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Takuboku Girls Collection

こんにちは!
ムテキインクというブログを運営しているフジハラと申します。
今回縁あって寄稿させていただきました。

以前id:kyokucho1989さんがこちらのブログに寄稿なさった記事の「おわりに」で、星新一さんをおすすめしていらっしゃいました。ショートショートと呼ばれる膨大な作品群で有名な星新一さんの作品は短いものだとたった2ページの作品もあるのですが、その内に思わずうなるようなオチをしのばせているので飽きることなく何作品でも読めてしまいます。SFの立場から現代社会を諷する箇所も多くみられ、ただ面白いだけではなく、人間のありかたを考えさせられるところが愛される理由なのだとおもいます。

今回、わたしはある歌人のご紹介をさせていただきます。
ショートショートが2ページならば、短歌は五七五七七の31文字です。古来から和歌として日本人はたった31文字で恋の焦燥、世への憂愁などを表しました。そんななか現代でも古臭さを感じさせない革新と普遍を兼ねた歌を作り、人の心のひだを表現した明治の歌人が石川啄木です。

石川啄木の歌集を読まずとも、有名な歌は教科書にも掲載されているのでいくつかご存じかもしれません。なかでもこの二首が特に有名なものでしょうか。

東海の小島の磯の白砂に
われ泣きぬれて
蟹とたわむる

はたらけど
はたらけど猶(なお)わが生活(くらし)楽にならざり
ぢつと手を見る

しかし「東海の~」の歌とか、教科書で見たって意味分かんないし、カニしか友達いねえのかみたいな。「はたらけど~」の歌もなんか暗いし、なんで手見てんの?働けよ。といったイノセント&サディスティックな声が聞こえてきそう。しかし、それだけの印象で啄木への興味を失ってしまうのはあまりにも惜しい。啄木はみなさんが思うよりずっと親しみやすい男なのです。ちっとも偉くなくて、チビでハゲでだらしない男なのです。浮気もするし風俗にも行きます。ヒュー!!どうしようもねえな。

あれでけっこう啄木は恋多きオトコでした。そのため男女について詠んだ歌も多くあります。その啄木の恋の歌をいくつかピックアップして、解説していきましょう。
名付けてTakuboku Girls Collection。TGCです。日本中の女子が注目するアレです。香里奈とかが出るやつです。
それではひとつずつ読んでいきましょう!

よりそひて
深夜の雪の中に立つ
女の右手(めて)のあたたかさかな

情景がありありと浮かぶ名首ですね。雪が舞う夜半にふたりきり。この世で確かなのは左手のぬくもりだけ。読んでいるだけでこそばゆくなるような歌ですが、こういった豊かな幸せの表現も啄木の魅力。不幸なイメージが強いですが、こんな一面も持ち合わせているのです。いわゆるギャップ萌えです。

やはらかに積れる雪に
熱てる頬(ほ)を埋むるごとき
恋してみたし

解説がいらないぐらいわかりやすい一首です。火照ったほっぺたを雪にうずめる心地よさ。そんな恋がしてみたいと。啄木さんはとってもロマンチストです。とっくに死んでるから許されますけど、現代でこんなツイートしてるヤツいたらちょっとキモいですよね。私なら即ブロックします。

君来るといふに夙(と)く起き
白シヤツの
袖のよごれを気にする日かな

「ねぇ、明日啄木くんの家行ってイイ?」
「えっ、いや、別にいいけど・・・」
そんな約束したもんだから、朝早くに起きてウキウキしながら部屋の掃除してたんだけど、ふと今日着るシャツの汚れが気になって、貧乏がちょっと情けなくなった。そんな瞬間を表しています。ホントに、J-POPか。オレンジレンジか。浮気性のくせにピュアぶってんじゃねえぞ!

友がみなわれよりえらく見ゆる日よ
花を買ひ来て
妻としたしむ

周囲の人間へのコンプレックスは誰しも感じうるものですが、それがひときわ強くなる日って、ありますよね(あるある~)啄木のような死後100年も名前が残るような天才であっても、その情は人一倍強かったようです。そんな日には一本の花を買い求め奥さんとふたりでささやかな幸せを再認識する、というハートウォーミングふんわり仕上げとなっております。妻に相当する人がいない場合にはコンプレックスが増長するので、ホントに、気を使って欲しいですよね。

葡萄(えび)色の
古き手帳にのこりたる
かの会合(あいびき)の時と処(ところ)かな

昔の手帳を見返したらそのとき付き合っていた彼女とのデートの予定が書いてあって、ノスタルジックな気分になっちゃったというステキな一首。ホントに、J-POPか。西野カナか。頭の薄い山下達郎みたいな顔してるくせに。


以上が今回のTGCのラインナップです。啄木のことがすこし身近に感じられるようになったのではないでしょうか。恋をしたり、人をねたんだり、落ち込んだり、昔を思い出したりと、石川啄木には人間味あふれる小物感があり、それが現代社会に揉まれた私たちにえもいわれぬシンパシーを感じさせるのです。平たく言うとあるあるネタみたいなものかもしれません。

絶好調の時ではなく、何事もうまくいかない時ほど石川啄木の短歌は心に沁みます。辛い気持ちを励ますのではなく、自分で起き上がるまで隣にいてくれるようなやさしさが最大の魅力なのではないでしょうか。わかんない歌は飛ばしたり、自分の勝手な解釈で読み進めてもいいと思いますので、この機会にぜひ手にとってみてください。たまの自堕落もよいものです。