ブログの、書き方

 僕はブログを書く。どうせ書くなら見られたい。いろんな人に僕の自意識を露出して興奮したい。外にモチベーションを置くブログ書きはみんな変態かもしれない。かもしれないというか、自分の中で確信を持っている。自分の例をあてはめて、自分がこうなんだからみんなもそうに違いない!!みたいな思考で確信を持っている。これはいけない。こたつにもぐった文化的露出狂でーす。

 見られるならちゃんと身だしなみを整えなきゃいけない。別にこれはブログ書きに必須というわけではないのです。わざときったないものを出してアクセスやら広告収入やら荒稼ぎする人もいますし。身だしなみを整える上で大事なのは、相手の目線に立つということではないでしょうか。誰かに何かを伝えようとしている文章は面白い(個人の感想です)。

 こじらせていると、”どう見られたいか”はすぐ分かります。しかし、”誰に見せたいか”ははっきりしないように思います。ブログは不特定多数に発信できるツールだからという理由もありますね。

 誰に伝えたいのかを意識して書きたいなという話でした。おしまい。


 この方法で書くとするとこれまでの、頭に湧き上がったものを形にしていくやりかたでは厳しいかあ。意外とそれでも読まれるんですけどね。どうもそれが良くないようだ。中途半端に読まれているから問題意識がなかった。

 1ヶ月に1回ほどあるブログの書き方を見直したい欲だー。あほだー。視野が狭いままじゃないか。冒頭によくないと言っておいてこれだからな。

 でも資料用意するの大変だよ。脳内ソースで書かないとやってられない。だいたい文化的露出狂率を調査ってどこがするんだ。自分でやるにしても大変だ。

 文化的露出狂って言葉はどうなの。うまいこと言おうとしてる感が伝わってきてダサい気がする。読む人が思わなくても僕が思っちゃったからアウト。こういうのは自分で納得できるかどうかだからね。文化的って言葉を使いたがるお年ごろなんですかね。中二病っぽくてやだなあ。

 今の中二病患者って高二病も同時に患う気がするんだけど。デジタルネイティブですし、中二にもなればまとめサイトの一つや二つ見るよねー。中二病と高二病の二世帯住宅やぁ~。とかわざとらしく驚きたい。結構大発見なきがする。やっぱりしない。だって思いつくものは大抵誰かが先にやってるんだもん…。

 この文章は誰にも伝えようとしないで書いてるよね。こういうのがウケるときもあるけどやっぱり有益なことを書きたいわ。一人雑談を持ち味にしてしまったら後がない。ただのコメディアンになる。べつにコメディアンを馬鹿にはしてないけど、いわゆるブロガーに対するあこがれとかもあって、結局はこじらせてるというところに収束するわけですが、こればっかりはどうしようもない。中二病は治りにくい病気ですし。自覚していても治らない+治っても再発する。厄介な病気ですよ。中二病患者を救う会とか発足しててもいい気がするんですが。

 そうだ。こことは別に趣味ブログ立ち上げました。ここに書くようなジャンルだと検索流入がほとんど狙えないなと思いまして。あざなんとかさんのところみたいにごちゃごちゃに書いてもあれはあれで面白いんですけどね。サブブログという響きに惹かれたのもあります。黒歴史の紡ぎ手。かっけえ。

 雑談ブログという新ジャンルを開拓しようと思ったんですが、誰得なんだということを考えてやめましたとさ。めでたしめでたし。めでたしの語源ってなんなんでしょうね。

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