脳内雑談というジャンルについて

 ブログ論ですよブログ論。大したブログでも無いのにブログ論ですよ。大変だ。ドヤ顔もできないのにブログ論を書くっていうのはただの自己満足にすらならずネットの海にもまれ消えていくものを生産するということであり、要するに無駄です。無駄。立ちションみたいなもんです。で、脳内雑談というジャンルについて熱く語っていこうと思うのですが、打鍵音がうるさすぎてはかどりません。誰だこんなもの買ったのは。リアフォ買っときゃあよかった。値段が倍ぐらい違うけど。

 脳内雑談ってのはこの文章みたいなものを指してるのです。いやちょっと違うかも。この文章はただの駄文でかさましのために話題をあちこち飛ばしているだけという可能性もあったり、書いている自分でも把握しきれないのであります。ブログって面白いね。勝手に分類してますけどもしかしたらもっと違うものなのかもしれません。すでに誰かが分類している可能性は十分あります。ありまっくす。こんなふつーの中学生が思いつくことのほとんどはすでに誰かがやってるわけで絶望感もあります。でもそれと同時に世界の可能性にワクワクもします。画期的だ!ということにあふれているということでもあるわけで、わくわくてかてか。でも思いついたことを実際にやってた人が苦戦してると「まあ、夢に終わるよな…」というなんとも言えない気持ちになるのです。現実怖い。

 個人的に脳内雑談といえばズイショさんのイメージがあります。現人神の人も近いんじゃないかなーとか思ったり。とにかく濃い文章でたくさん書いてあれば脳内雑談?違うな。そもそも脳内雑談という例え方は適切なのかも怪しくなってきたわけですが。雑談のようにあちこちに飛んだり面白かったりいろいろあれば脳内雑談というジャンルに分類します。脳内雑談はあなたの心のなかにあるのです。この人の文章雑談っぽいと思えばそれはもう脳内雑談なので適当にふりわけちまいましょう。各人で変わってくるジャンル分けって今までありましたでしょうか。多分あるのでしょう。それ以前にそれはジャンル分けなのかというところですけどね。

 割りと言葉のチョイスとか適当です。細かい意味とか考えないでフィーリングで書いています。今書いたフィーリングも正確な意味は知りません。感じたままに、とかそういう意味でしょ多分。グーグル先生という強い味方がいるにはいるんですが使うのめんどくさいんでね。一応新しいタブのページには設定していますが文章書くときには使ってません。なので誤読されても読者さんは悪く無いです。文章力っていかに自分の文章を客観的に見れるかだと思うんですよ。人から見た印象でしか評価されないわけですし。そんなこんなで1000文字超えました。疲れた。そろそろ集中力が切れてくるのでね。辞めたいわけですよ。でもそんなこと書いてる人の文章なんて楽しくないと思うので継続します。文章力無いんで、人が見て面白いかどうかは知りません。開設からだいぶ経ってるのに未だに定まらない方向性。一応限界まで頑張れば3000文字ぐらいは行けますよ。そこからはみちの世界。”未知の”というと道の駅が浮かんできます。未知の駅と道の駅を混同したコントを書こうかな。書きません。演る人がいないのは大きな問題でござる。ここまで書いてきたことは1万ツイートするよりだるいことだと感じています。Twitterって楽なんですよ。フォロワー少なければ牛丼食べても炎上する可能性は低いし。飲酒運転なうとかつぶやいてたらさすがに捕捉されてねらーに燃やし尽くされますが。持ち物のきのみが焼かれるのはキツい。そういえばぼんぐりってなんだったんでしょう。あのハイテク機器がきのみから作られるってわけわかめですよ。HGSSやってないんですけどね。BW2もXYもやってませんよ。ネットがあれば時間は消える。便利です。重要な時間をそのように使うのは非常にもったいないわけですが、楽なので継続してしまう。自分が望んでることに正直なのでね。良い子つかれる。わる子になる。とかしょーもないしゃれを思いついて書いちゃうぐらいには正直です。正直者はバカを見る世界で何をするか。正直に生きましょう。口から先に生まれてきたみたいな人に憧れる。ペラペラ喋るじゃないですか。そのくせ面白い。一応そのくらいしゃべることはできるんですけど、面白くしゃべることはできない。あれはなんなんでしょうね。訓練のたまものなんでしょうか。”面白い”という条件を課すとゆっくり喋っても達成できる気がしません。多趣味は多趣味だけど面白さを伝えてもその話自体はおもしろくなるとは限らないじゃないですか。

 非凡な才能って本当に非凡なんですかね。評価するのは凡人ですよ。凡人がわからないと飯は食えない。だから非凡な人はふつうの人を理解してると思うんですよ。ふつうの人を理解するのって大変です。そういった意味では非凡かもしれませんよ。でもそれは非凡な才能の持ち主といえるんでしょうか。それで、今太ももが痛いのです。無数の妖精さんがつねってるところ想像して気持ち悪くなるぐらいには痛いのです。この痛みをどのくらいと捉えるかは人それぞれで、実はみんな痛みを感じる敏感さは違うのではなんて思ったり。というのも、父がかかとの骨を折ったとき、全然痛そうじゃなかったんですよ。その状態で仕事もしてましたし。意味がわからない。僕は骨折した経験無いのでもしかしたら骨をおるって大したことじゃないのかもしれませんが、数日動けないイメージがあったのでどこかおかしいんじゃないかと思ったんです。痛みの単位は無いので痛いって言っても信じてもらえなかったりつらいんですよ。痛いって言ってるし実際に痛いのに「気のせいなんじゃないのw」なんて言われたり。イライラを通り越して呆れましたよ。実の子が痛いって言ってるのに信じないというね。僕が耐性ないのも悪いっちゃ悪いんですがつらい。これは心の痛みにも適応できて、「死にたい」と言っても「気のせいw」で済まされたりするわけですね。医者がそんな考えだったりすることもあってなかなか問題だなと。痛みを計るツールをですね。それはそれで怖いですけどね。その人の許容範囲に応じて相対的に表さないと「気のせいw」が事実になったりしそうですし。やっぱやめましょう。

結構頑張って書いてるので、大ヒットしないかなーなんて思ってるんですけど、テーマが全く無いので難しいでしょうね。ぶれぶれどころか意図的に飛んでますもん。考えが浅いので広くしないと書けないんでございますね。多汗症気味なところがあって、キーボードのつや消し加工がつやありになっていたり、紙のブックカバーが破れたり、DSi黒が濡れてるみたいになったり、座布団が濡れてたり。運動不足が原因だとか。知りませんが。何故かキーボードに触れていない右手親指が汗かいてたり辛いです。いや辛いってほど困ってないかも。困ってるというと変換後エンターキーに手が伸びる癖のほうが困りますね。文章打つのにロスがでかいんですよ。なんでこんな癖が付いているかというと、多分タイピング練習ソフトに慣れすぎたんでしょうね。エンターキーなんて使いませんし使い始めたころの癖がそのまま残っているのでしょう。あんまり文章書かないので(書いてもブログとメールぐらい)意識的に治そうとすることもありませんでしたしなかなかつらい。あとなんでこんなレイアウトにしたんでしょうね。エンターキーやバックスペースは右親指で押すべきでしょうよ。キネシスがほしすぎです。千石でスイッチ買って自作したいぐらいです。基板やらガワやら課題は大量にありますけどね。エルゴノミクスキーボードほしいですよ。なんかフィルコも出してましたね。フィルコといえばキーロックがほしいんですよ。ゲーム中にウィンドウズキー押してイライラすること多くて困ります。存在価値あるんですかあれ。

 文章書いてて一番疲れる指って右手小指なんですよ。エンターキー多用することの影響です。ただでさえ重いエンターキーを小指で打つからだいぶ疲れます。打ってると痛くなってくるので薬指に切り替えています。青軸ってあんまり軽くないんですよね。茶軸のほうが軽い印象あると思います。エロ詩吟の人今なにやってるんでしょう。浮き沈みが激しいのは芸能界もブログ界も一緒ですね。久々にはてブロのトップページ行ったら知らないブログばっかりで驚きましたよ。すごい人だらけでビビります。相変わらずな人もいると安心するので書き続けてくださいね。僕は飽きました。クラス替えの法則適応で。内輪ネタいっぱい入れてますけど内輪の人もここまで読まないと思うんでそこんところを受け止めながら3570文字目を打ちました。楽しいですね。脳内雑談はスラスラ書けてよいです。当ブログ初の4000文字到達まで頑張ってみます。駄文をズラズラ書くだけじゃ意味ねえなあ。更新頻度アホみたいに上げた時あったんですが一瞬で突っ込まれてシュンとして普通の更新頻度に戻った経験があります。1日5記事中身の無い更新をしてましてね。頻度が問題というか中身のないもの書いてたのが悪かったんですけどね。過去の記事読み直すとひどいもんですよ。恥ずかしすぎて死んでしまいます。ブログ慣れしてない感じが出まくってね。さらに中二病ききまくりときた。もっと言うと恐ろしく短文。句点のたびに2回改行してたりいろいろとひどかった。今のスタイルに落ち着いたのはだいぶ後だったりします。それも某有名ブロガーの影響だったり。思想だったり見た目だったり影響されまくりなので僕をコントロールしたいかたはTwitterでもなんでもいいんで絡んでくださいね。さてお別れの時間が近づいてまいりました。現在3993文字です。ただいま4000文字を超えました。疲れたので終わります。脳内雑談の話がどこかに飛んでいったのは気にしないように。また会う日まで。

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