タイトル

僕は普段自分の視点でものを書くんだけどもっと上から、言うなら神の視点で書いた方がおもしろいかもとか思ったりしてみた。いや思ったといってもそんなに思ってなかったりそういう考えが浮かんだ程度のことなんですけど、人生のスパイスにもなりゃしないような少量のひらめきというかそんなのです。なんでこの記事を書き始めたかというと…って続けたいんですがまたブログ論かよとか思われそうでひょいっと8階から飛び降りちゃうぐらいつらいのでやめます。冒頭に書いたやつを実際にやってみて気持ち悪っってなったら文体戻したりいいなと思ったら1000イイネぐらいこの記事に付けます。いいなと思うのと気にいるのは別です。よろしくお願いします。

 「僕」という架空の人物について書いていく連続小説という考え方は僕の中であまりなくてそもそもリアルの境遇をアドバンテージとして活用していこうとかいう甘っちょろいやつがこのブログでして過去ログ見りゃ割りとすぐに個人特定されるぐらいですし炎上したらまずいっていう悲しさを背負って生きていこうなんて考えます。思いますと考えますだと後者が好きです。犬と猫ぐらい差があって面白いなとかそこらへん議論の種にしても膨らまないだろうし言及なんてもらいっこないななんて考えます。あとおもてなしとおもいますはちょっと似てるので流行語です。でした。

 なんでこんなに脱線事故が多いのかという長年の謎について研究すると闇の組織に殺されそうなのでやめときますが妄想なら多分セーフなので書きます。多分僕はブログ書きなんですよ。ブログを使って何かしようってわけでもなくただ文章を書きたいから書いていてそれは趣味なんですね。1つの話題について書いていくのってすごく体力が必要でイケハヤ氏によれば筋力とかいうやつなんでしょうけどマッチョと持久力には速筋とか遅筋とか関わってて炎上するほうは瞬発力、突発的なアクセス増があってまあ速筋的性質があるのかなとかマッチョと表現するのはすごくぴったりなんだなとか考える。筋トレしても持久力はつかないよ的なあれです。僕はリアルでもwebでももやしなのでこういうクソみたいなのをだらだらと書いていってインド人にびっくりされるんですが書きつつ「そういえばインド人の知り合いいないなー不適切かな―」なんて思うんですよ。意味の分からない文になっても構わず突き進んでく姿勢嫌いじゃないぜっていう自分とこんな駄文見てる奴いるのかよっていう自分と葛藤がありつつですね。適当に書いていきます。楽です。そういえば誤字とか気にしてないんですけど、とある人のブログで何回も同じ誤変換見て眠そうにPC向かう美少女をゆすったりミント系のガム渡したりでどうにかしようとする妄想しました。

 自分の書いたものを駄文と呼ぶことでだいぶ気楽に書けるようになるんですがその代償として筆力向上の放棄をしてしまうというのがあり気楽に書くことと技術の向上って両立できねえのかなあ。気楽に生きていくことと生活の向上って両立できねえのかなあ。あ、これ以上進んだらだめなやつだとか書いて自分を満たそうとするんですけどどうやら容積が無限に近いようでつらみあります。いや無限に近ければまだいいですけど本当に無限だったらやばい。一番理想的なのは穴が開いてるパターンですね。まあ進んでみなきゃわからないですし爆発したさです。そういえばなのですの可愛さにだいぶ前からはまっていて自分で自分に萌えるという気持ち悪い現象を何度も何度も再現してるので論文書くのも悪くないとか画像が偽装っぽいとか言われたいなと思いますなのです。無理やりぶち込んでも調和が崩れるだけでつらいなー。一応たいせいを整えるためにですますに持って行こうとするので「思います」「考えます」が多用されるという語彙の少なさを見せつけるブログになる。断言すると自己啓発っぽいってネタはどこかの誰かがやっていたのでやめますけどね。

 語尾のパターンがある程度決まっていることに気づく時が来てそこからどうにか増やそうとするのが文章変えていく根源になっていて文体が不安定になるのもどうかと思うんですが進歩しないよかましやとおもいまする。久々に関西弁聞くとビーフシチューだと思ってカレー食べたみたいな違和感がありました。インド人は伏線だったんですね。さすが僕だ。天才だ。と、まあ自分に対するageも貧弱な語彙のせいで台無しになってる感がありやはり本を読まなければいけない。本を読んでいるだけでは言葉って身につかなくてきちんと自分のパターンに組み込まないといけないのだわ。なので文体の模倣とかやると勉強になったりしてとてもごきげんになって実際は全く上手くなってないことに気づかず布団に潜るのです。英語の学習法エントリにはてブ付けただけで勉強した気になる的な。今2000字弱なんですけど、一万字とか頭おかしいのでは。しかも1つの話題についてとか無理でしょうよ。彼らと僕はなにが違うのか。遺伝子レベルから違えば諦めもつくんですけど努力とかめんどくさいし。一応前に4000字書いたこともあってそのときのノリで行けばガッと出来るんですけど別にぬるぽ的な意味ではなくとにかく1つの話題に対する文字数が少ないというところがつらいところで色気のない文章しか書けないとかそういうところに原因があるのかなとか思うんですけどどうですかね。疲れたのでもうやめます。

 文体変えるの忘れてたんでもうちょい書きますけどあまり期待しないで見ててください。あとここまで読んで疲れてると思うので読まなくてもいいです。読まれないことを想定しても読まれたくなっちゃう悲しい佐賀県。文体を変えようにもあまりそういった文章を頭に入れてこなかったのでやはり思いつきクオリティになるのだわ。やっぱりやめます。