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存在意義は~なんだろな~

存在意義のアウトソーシングをすると死にますよという話をしたい。したいけれども、できるかは別であくまでしたいということになる。むしろ出来ないと言っていいと思う。この不安は実績が出ないことによる、存在意義がないのではないか。という不安だ。この不安は前回ポエム調に書いた漠然とした、普段関係のないわざわざ考えなければ意識しない、自分でもよく分からない不安ではなく、もっと具体的な、言ってしまえばしょぼい、語るとリアルすぎて引く類の不安なのだ。どうして不安を持つようになったのかを少し掘り下げる。

発端は、とあるブログ書きがアクセス解析を晒していたことだ。簡単にいえば、その人にPV数で負けた。具体的な数字を出すと「その程度かよww偉そうなこといいやがって」となるんだけれども、あえて出そう。このブログのPVは1日70とかそんなものだ。全盛期()は毎日のように新着エントリーに入ることで平均PVを底上げしていた。ゴミをはてブに紹介させてたとも言う。ふぇぇ…。内輪の人ぐらいしか来なさそうだから、ローカルな言い回しを使うと身内ブクマってやつなんだと思う。別に再燃させるというわけではないしそこまで影響力があるとも思っていないが触れておく。

その、とあるブログ書きが晒していたスクリーンショットによると、1日150PVほどあった。それを見てほとんどSNSなどで拡散されない、小規模なブログという認識だったのが、ガラッと変わった。まあ前からそのブログのPVについては知っていたんだけど、自分のところがダレてきたというのもあり、自信がゆらいだ。知ってる人は知っていると思うけれど、僕はインターネット中心の生活をしていて、結構存在意義をインターネット上に置いているところがある。ものすごく危ない。完全に依存している形なんだけれど、立ち止まっていると他にやることがなくて、いやあるんだけど、何もしたくないときにダラダラと過ごせる場所がインターネットになってしまっている。

存在意義のアウトソーシングというテーマからだいぶ逸れてしまった感があって、反省したいと思います。完全に僕の話になってしまっていた。まあとにかく僕は結構ブログのPV数で承認欲求を満たしていたというところがあり、まさか抜かれるとは思ってもいなかった人に抜かれてつらいということです。

外部のものに存在意義を依存するというのは、非常に不安定で危険なものである。普段から自分を褒めていれば今回の僕のようにたかがPV抜かれた程度のことで深く落ち込むこともなかっただろうし、承認欲求やら承認は自分の中で閉じてしまったほうが良いのかもしれない。そのほうが確実に安定はするのだ。

安定してしまうとそれ以降の変化が望めないという問題がある。このテーマについては前も書いた気がするのだけれど、HDリマスターということで許してほしい(?)。たしか前に書いたときは満たされない人、満たされる人の視点から書いたので今回は変な人(仙人っぽい)について。自分を安定させようと必死で自分で自分を褒めるのだけれど、満たされない。他者からの承認というのは実に心地いいもので、自家発電では味わえない快感がある。だが問題がある。安定的な供給がしにくいということ。メンヘラ捕まえて共依存に持ち込めばいけるかもしれないけれど、それもとても不安定で危ういよねと。話がループしてる…。がっしり安定するほどには自分を認めず、成長していく中で他者からの承認を得つつ、ちょうどいいところでやっていきましょう。適度って言葉大好きですね。